健司の青春

2013.12.02.Mon
2013年12月2日

「あいつは皆にペテン師だの、詐欺師だのと言われて・・・」
「自分じゃ、何かにつけてプロだとか」
「二十歳で糖尿病とは・・・」
「あれば何でも食っちゃう」
「だが憎めない奴だ」
夫のパブに2年余りいた健司をめぐっては、今だに話が絶えない。

 巨漢はゴリラ人形に似て、黒曜石の瞳がキラキラと愛らしい。緩慢に
して、総身に知恵が廻る。それも悪知恵の方が勝っている。
「あいつがニッコリすると危ない」とは我マスターの弁。
お金があるうちは寄りつかないが、底をつく頃ともなると、
「お元気ですか?」調子よく声のトーンも高め。翌日はちょこちょこ
マスターの前に現れる。
「ところでお話があるのですが」とうとう切り出してきた。
「断る」被せるようにマスターの一言。
「今日は特に愛情を込めて肩をお揉みします。親孝行させて下さい」
情に脆く、子の無いマスターの心情を汲んだ台詞がつづき、一挙に金
を借りる算段だ。断ると言いながら、思惑通りに嵌ってあげる一幕で
ある。

 健司は当店に来る前、高賃金の墓地の整備に携わっていた。境内の墓
を掘り起こし、土葬の骨を集めては荼毘に付す。ばらばらならともかく
整って出てくると度肝を抜かれた。髑髏洗いの仕上げは、布で丁寧に磨
き上げることだ。十代の彼は途中で嫌気がさしたが、その度に住職がや
ってきて声を掛けた。
「お若いのに御奇特なことです」
「みなされ、仏が喜んでおるわい」
健司は髑髏をうやうやしく掲げ、暫くにらめっこをした。すると本当に
笑っているかのように、見えてきたのだった。
 すっかり暗示にかかり、見事に現場を遣り遂げた健司。しかしながら
夜毎歓楽街に出掛けては、稼ぐそばから遣い果たした。酒と女と髑髏の
日々・・・仕事は遊びの手段に過ぎなかった。

 当店に来ても懐は火の車。借金の返済と遊ぶ金欲しさに、あの手この
手の凄まじさだ。サラ金から逃げるために、糖尿病を楯に入院すること
3回。その度に見舞金を集めた。更に同情を当て込み、自分で歌を吹き
込んだテープを、僕はプロだと言って売り捌くしたたかさ。そしていよ
いよピンチになると、高収入の鉄柱の穴掘りがあると言って、さっさと
退店。しかし雪の山岳地帯の作業は厳しく、ネオンも恋しくなり、早々
と逃げ帰って来た。そんな目茶目茶な彼に対して、周囲は寛大であった。

 その後スタッフは冗談まじりに「あいつには見舞金3度、餞別は2度
取られた」とぼやいた。2度目の退店後、共同出資で100円ショップ
を開店したものの、仲間に夜逃げをされて閉店。両親は一人息子のこと
を案じて、店に相談に見えたが本人は行方不明。

 ある日のこと、大手の下請けをしている当店の顧客A氏と、健司は偶
然に街で出逢った。あまりにも憔悴しきった姿を見て、事情を察したA
氏に拾われたのだった。会社では製品の梱包と発送を担当して、この2
年間真面目に働いている。

 恒例のクリスマス・イブには、生バンドを入れてきたが、この不況時
に採算がとれるか危ぶまれた。赤字覚悟ではあったが、スタッフが一段
と結束したのは何よりだった。
 当日はOBの面々も応援に駆けつけた。中でも佐々木さんは毎年Nホテ
ルの厨房を空けて助太刀に来る。健司の親友伸二は当店のアルバイトの
学生で企業に就職したが、必ず助っ人で顔を出す。彼は恩義があるから
と言って謝礼を受け取らない。気掛かりな健司がひょっこり現れるのも
クリスマス・イブで、彼は25歳になっていた。
 パーティーには紺系のストライプのスーツに、黒のエナメルの靴で登
場した。ルンバ、チャチャチャ、ジルバのラテンのノリは抜群だ。巨漢
を支えながらのステップとリズム感は、デモンストレーションをみるか
のようで誰しもが感嘆した。これも遊びの賜物であった。

 数年越しになっていた健司の借金は、返済も残り僅かになった。そこ
でこの際一度に支払うように促すと、
「支払いが終わったらマスターに逢えなくなりますから、少しづつ、ゆ
っくりと返済します」ほろりと迷文句を吐いた。

 2001年1月20日。健司が糖尿病で入院との連絡が入る。
「また見舞金をとられるな・・・」マスターが呟いた。


               ***



「健司の青春」は2001年に、雑誌に投稿したエッセイです。
大掃除を始めたらひょっこり出てきました。パブ(1988年~
2004年)は「健司の青春」を書いた3年後に閉店しました。

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コメント

2013-12-07.Sat 23:05
ーみやこ草さんー

コメント有難うございます。
みやこ草さん、実はわたし正直なところ文章は苦手なのです。
たまたま日常から少し離れた場所に長いこと居たせいか
さまざまな人間模様を見てきました。
皆それぞれに一生懸命生きていて、人間が大好きになりました。
健司もその一人です。これは健司が描かせてくれたのでした。
URL|コウコ #-[ 編集]

2013-12-07.Sat 13:02
コウコさん 凄いです~ v-405
能ある鷹は爪を隠すがぴったり!

素敵なコウコさんの秘められた部分を知りました~

羨ましい、文才でございますな~v-352
URL|みやこ草 #-[ 編集]

2013-12-05.Thu 21:24
ーArianeさんー
追伸
送信してから気付いたのですが、Arianeさんからは
丁度1ヵ月前にモルフォチョウの件でコメントを
頂いておりました。
今回も読んで頂き、ありがとうございました。
URL|コウコ #-[ 編集]

2013-12-05.Thu 21:02
ーArianeー

初めまして、コメントありがとうございます。
エツセイについては「私はこれしか書けません」
の範疇で綴ったものです。
自分に書けるものを探すのに苦労しています。

URL|コウコ #-[ 編集]

2013-12-04.Wed 23:35
こんばんは。

随分文才がおありで、すごいなぁ、と思いました。
ちょっと似たようなタイプの知人がいるのを思い出しましたが、私はとても、こんな文章は書けません。
URL|Ariane #EW/CXf8k[ 編集]

2013-12-03.Tue 14:43
ーぱふぱふさんー

いつも有難うございます。
「健司の青春」は12年前のエッセイですが、当時の撰者3名の
中のお1人で、文芸春秋・元編集総務部長の大河原英與氏の選で
第3席に入選しました。3名の撰者の集計結果での入選(3作品)
は逃したものの、大河原氏の選評に勇気づけられたことが、
ぱふぱふさんのコメントでよみがえりました。
それと、私の知らなかった情報も頂きありがとうございました。
脳の若返りのためにも書き続けたいと思っております(笑)
URL|コウコ #-[ 編集]

2013-12-03.Tue 10:52
おもしろい~~一気に読みましたが・・
なかなかですね・・
連続あてなしストーリーにして・・
読者につないでもらう・・投稿ブログがありますね
そこにはもってこいのネタですよ
自分でも思いもやらない方向に進む面白さもあって好評だとか
私は童話を書いてますが・・
時々夢の中で書いてることがあります
思い出してすぐ書きとめるのですが・・・
大半が消えてしまってますが・・ところどころ覚えていて
それをネタに書くことがあります(笑)
物を書くって脳が若返りますね
ここで連続小説書いてください・・読書フアンになります
URL|ぱふぱふ #-[ 編集]

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