第67回 「靖国神社 みたままつり」 (7/13~7/16)

2013.07.22.Mon
2013年7月22日

靖国神社の祭事に盛大な「みたままつり」があることを知ったのは
実は初めてでした。
各地の年中行事の情報はテレビの映像で知ることが多いのですが、
何故か「みたままつり」の放映を目にしたことはありませんでした。
さいわい今回は友人からの情報があり参拝することが出来ました。

光りの祭典

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「みあかし」の「光の祭典」とあって、双壁をなす大小3万の献灯と
懸けぼんぼりの光が境内を包んでいました。

第二次世界大戦で命を捧げた343万6千余柱の英霊を慰める祭事として
昭和22年(1947年)に始まり、毎年30万人の参拝があるそうです。

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神門に掛けられた七夕飾りの下で振り向くと、巨大なサーチライトが地上と
天空を結び、参拝者は歓声をあげながら幻想的な光りの交叉に携帯を掲げ
ていました。

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盆踊り

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櫓では地元千代田区民謡連盟の盆踊りがあり、若い人も見よう見まねで
踊りに参加していました。都内で一番早い盆踊りだそうです。
旧盆は満月ですが、新暦のお盆なので上弦の月がかかっていました。

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露店
境内には約200店が出ているそうです。

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飴細工といえば昭和の頃は縁日の定番でしたが、近年は見掛けなく
なりました。それだけに日本の優れた伝統芸の継承を願って止みません。
十二支、動物、昆虫、野鳥の中から注文を受け、ハサミで切りながら
造形してゆく熟練の腕前には感嘆しました。
「貴婦人と一角獣展」のユニコーン(一角獣)もメニューにあり、
流行を採り入れた飴細工には大人も子供も身を乗り出して興味津々です。

あの頃の子どもが今も夜店の灯     コウコ


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旬の鮎の塩焼き、奥三河で食べた五平餅、ほくほくのじゃがバター
懐かしい匂いが食欲をあおります。
カメラを向けるとVサインで応えてくれました。


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友だち同士やカップルが束の間の縁日を楽しんでいました。
昭和の記憶を呼び戻す懐かしい光景です。

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「見世物小屋」と「おばけやしき」

子どもの頃の縁日の想い出は、非日常だけに鮮明に覚えています。
見世物小屋とお化け屋敷は怖くて避けていました。
看板を見ながら通ると自然に想像力が湧き、それだけで充分でした。

見世物小屋はかつて300軒もあったそうです。
「お代は見てからで結構」と、お馴染みの懐かしい口上で始まりました。
全国で最後に残るたった1軒の小屋であり、祭りの最終日の最後のショー
が今から始まるとあっては、自ずと足が止まります。
この流暢な呼び込みで客がつぎつぎに吸い込まれ、私もその1人でした。

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中でも度肝を抜かれた場面は「火を吹く女」と「蛇女」でした。 



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境内の消灯数分前に、辛うじてお化け屋敷を撮ることができました。

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懸けぼんぼり

各界の名士の揮毫による懸けぼんぼりの奉納

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 小野田寛郎  
 戦後29年にしてフィイリッピン
 ルバング島から帰還



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井沢満 (脚本家)      浅香光代 (女優)


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鈴木基水 (書家)      岸田哲弥 (江戸風鈴絵師) 
 

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石川巳津子 (湯沢七夕絵灯篭絵師)


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三浦吞龍 (弘前ねぶた絵師・津軽錦絵師)


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つのだ☆ひろ (音楽家) ジャズドラムの演奏と歌を奉納

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今月の遺書
靖国神社の拝殿の社頭には、英霊の遺書をかかげた掲示板があります。

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皇后の御歌  (平成十七年)

いまはとて島果ての崖踏みけりしをみなの足裏思へばかなし

「おみなの足裏(あうら)思へばかなし」の万感の表現には、歌人として
の美智子皇后の繊細なお人柄が想われて心を打たれました。



遺書

直なる道を歩め 中元 清 命 (昭和十九年四月二十九日)

私の父も中元氏と同じ衛生兵でした。
太平洋戦争末期に再召集されましたが、軍需工場に勤務していたので
即日帰還となりました。
ご遺書を拝読しますと、年齢も父と同じくらいですのでご遺族のこと
を想うと涙が止まりません。 
ご遺族のその後のご苦労と人生を想うと、戦争は絶対にしてはならない
のです。

明治天皇が命名された「靖国」の社号は「国を靖(安)んずる」意味で
「靖国神社」には祖国を平安にする、平和な国家を建設するという
願いが込められているとのことです。

「みたままつり」は慰霊祭であると同時に、戦争の悲惨さを語り継ぎ
平和への願いを込めた大切な祭事なのでした。


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コメント

2013-08-01.Thu 22:44
ーマークさんー

お子さんの頃お祭りでは見世物小屋の常連さんだった、とは
羨ましいです。
私は怖くて入れず、晩年になって初めて観ましたが、子どもには
戻れないだけに残念でした。
河童のおじさんは子どもに見抜かれてしまって、それはそれで
面白いですね。
懐かしいお話をお寄せ頂きありがとうございました。
今後とも宜しくお願いいたします。
URL|コウコ #-[ 編集]

2013-08-01.Thu 18:36
はじめまして。

小学生の頃、お祭りのたびに見世物小屋に入っていました。
ヘビ女さんの芸も昔と変わらない内容なんですね。
なんだか懐かしいです^^

当時は見世物小屋の前に、ヘビ女さんとかの、
ちょっとおどろおどろしい感じの大きな絵が飾ってあったのもよく覚えています。

僕が見た頃は、牛女さんもいましたし、河童もいました。
河童は顔緑に塗ったおじさん?が水に潜っているだけでした(笑)

URL|マーク #-[ 編集]

2013-07-29.Mon 11:28
ー若月さんー

P.S.
「火を吹く女」を書き忘れていました。可愛らしいステージネーム
があり、美人でフアンもあり一番人気でした。

今回、見世物小屋についてはサラリと触れた程度でしたが、若月さん
のおかげでいろいろと考えさせられました。

生きること、働くこと、賃金を得ることはサラリーマンの企業戦士も
他の職業も見世物小屋の芸人も同じで、並大抵ではありません。
見世物小屋の芸人の苦労は目に見えますが、他の職業については
見えにくいところがあります。
肉体を酷使したり、命をすり減らしたりしているのが現実です。
ある意味で、見世物小屋の芸人は自由な生き方をしていると
思うのです。

300軒あった小屋の最後の1軒ですが今後どうなるのでしょうね。
縁日がある限り「飴細工」が続くと思うのは伝統に流行を採り入れ
ているからで、見世物小屋の存続は現代にどう魅せるかですね。

若月さんのコメントから、私自身いといろと思いめぐらすことが
出来て感謝しております。
URL| #-[ 編集]

2013-07-28.Sun 22:39
ー若月さんー

ご覧頂き有難うございます。
靖国神社の傍らにお父様の生家がお在りだったとは、感慨深い事と
思います。
確かに靖国というと複雑な想いがあり政治が絡んでくると複雑です。
しかしこの度その場に立つことで、頭で考えた事とは別なものが
見えてきました。

見世物小屋ですが、若月さんの優しさとご心配がとてもよく
分かります。
昔は様々な事情で働いていたかもしれませんが、現在は選んで
職業にしているのでしょう。
出し物によっては学芸会のような雰囲気があって楽しんで
いるようにも見えました。
「蛇女」の女性は一見タレントさんのようで人気者です。
男性が鎖を鼻に入れる芸当は痛々しいのですが、司会者が
「無理しないで」と繰り返していました。
彼らは芸人意識をもっているように見受けられました。
見世物小屋の喜怒哀楽は演出でした。
観客もそれを知りながら、非日常を楽しんでいました。

初めて観た見世物小屋の私の印象です。
「蛇女」のようなプロを目指して頑張って欲しいと
思いました。
URL| #-[ 編集]

2013-07-27.Sat 22:36
亡き父の生家が靖国神社の傍にあったと聞いています。
戦争で父は徴兵され、家族は鎌倉に疎開したり死別したりでそれ以後生家に戻ることはなかったということも。
靖国と聞くと私たちは政治的にネガティブなイメージで捉えがちですけど
こうしたお祭りを通して彼岸と此岸を繋ぐ純粋な思いに触れられるのですね。
「みたま」達もこの時を楽しみ、また懐かしんでいることと思います。

見世物小屋は15年前に一度だけ入りました。
私が見た「蛇女」は薄暗く埃臭い小屋で、小さな蛇を鼻の穴から入れて口から出す芸当…
それをお婆ちゃんがやっていたものだから、身体への負担が気になって、そればかりが思い出されます。
今はショーとして楽しめるような、明るい内容になっているのでしょうか。

コウコさんの臨場感溢れる写真に、お祭りの雰囲気のお裾分けをいただいたみたい。
素敵な記事をありがとうございました。
URL|若月 #-[ 編集]

2013-07-25.Thu 21:24
‐ぱふぱふさんー

早々とコメント有難うございます。
ご覧になって頂き嬉しいです。
東京に生まれて棲んで、東京を知らないことに気付きました。
これからは関心をもって歩いてみたいと思っています。
URL|コウコ #-[ 編集]

2013-07-24.Wed 11:11
私も知りませんでしたが・・すごいにぎわいですね
遊ぶのがメインだったのでそのころは知らなくて当然だったかも(笑)

夜店は・・良くても悪くても・・子供には楽しい場所
私も足しげく祭りがあるとその場所に出かけましたね
テキ屋さんも威勢が良くて格好良かったですしね
最近は各地祭りが縮小気味で・・家族で夜店回りなどもなくなってますね
夜店以外のメインの「みたままつり」の詳しい情報・・ありがとうございます
行かずして意味合いを知ることができました
URL|ぱふぱふ #-[ 編集]

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