日本パステル画会と矢崎千代二画伯・高田正二郎先生

2013.01.15.Tue
2013年1月15日

美と出会うこの道をわが恵方とす     コウコ
        (えほう その年の年徳神のいる方角)

ルドンのパステルの複製画を買った後、偶然にも伊勢丹で開催中の
「日本パステル画会展」に出会い、心を動かされて入会しました。

日本パステル画会のHPを見ましたら今年で創設85年ですから、
私が入会したのは、創設40年頃になります。

当時、日本パステル画会の月例会はお茶の水のアトリエで行われ、
石膏デッサン、クロッキー、静物画、人物画等を描きました。

築地直送の新鮮な魚類や、季節の切り花等の静物。
裸婦は清純な乙女(学生アルバイト)や豊満な熟女でした。
バレエ「白鳥の湖」の衣装でプリマが登場した時は、見とれて
手が動きませんでした。隣の方が「バレリーナはレッスンで
汗をかくから、肌に透明感があるのでしょう。高田会長の奥様は
バレリーナだったらしいですよ」と教えて下さいました。

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その高田正二郎先生(東京芸大教授 デザイナー 洋画家 光風会会員)
一作品を私が頂戴することになったのです。

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入会後初めて出席した新年会で、高田先生の作品を幸運にも抽選で
賜ったのでした。
この作品は3個しかなく、奥様とお嬢様がお持ちとのことです。
青春時代から数十年間ハレの場で胸に飾らせて頂き、
宝物であると共に、先生の尊い遺作となりました。

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高田先生は何代目の会長になるのでしょうか。暫くして、
初代の会長は日本に初めてパステル画を紹介し、
日本パステル画会の創設者である矢崎千代二画伯(1872-1947
黒田清輝に師事 東京美術学校卒業 現東京芸大)と聞きました。

その矢崎画伯の作品(お借りしたパステル画)が、なんと我家
にあったではありませんか。

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むかし父の知人から油絵の個展の招待状が届き、伺いました。
個展の主は父と同じ世代の女性で、
詩人北川冬彦氏(1900-1990)の妹さんでした。

先日、図書館で詩人のことを調べたところ、「日本の詩歌」25
(中央公論発行)の巻末に<詩人の肖像と年譜>があり、
いろいろと推測することが出来ました。

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詩人の家は、お父様が鉄道(戦後は満鉄社員)の仕事で渡満しました。
写真は昭和15年のもので、私の父も数年間満州にいました。
妹さんと父には、同じ満州と云うことでよしみがあったのでは
ないでしょうか。個展の後、娘がパステル画を学んでいるとお話した
ら、矢崎画伯のパステル画をお貸し下さったのでした。

矢崎画伯のパステル画は、満州にある門と其処を行き交う人々が
鳥瞰で描かれていました。
画伯はヨーロッパやアジア各地を巡り、満州にも立ち寄られています。
そして、旅先の北京で客死されたのでした。(享年75歳)
画伯は旅をしながら制作を続けたので、絵は満州で買われて帰国時
に持ち帰られたのではないかと想像しました。
作品は名のある門でしたが、残念ながら思い出せません。
絵は数年間お預かりして、お返し致しました。

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日本パステル画会の会員は当時プロやセミプロの集団でしたので
私は数年で退会し、月例会にお見えになられていた岡崎利雄先生
主宰の「サロン・ド・パステル」で学ぶことにしました。

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月例会でご一緒だった木下昇先生はNHK文化センターの
パステル画の講師に、森田先生は三越文化センターの講師
になられました。
70年代から80年代にかけて、カルチャーセンターは方々に
オープンしました。日本パステル画会の先生方が講師の先駆け
になられたのだと思います。

「第89回日本パステル画会展」の開催が楽しみです。
東京都美術館 平成25年4月8日~4月16日 AM9:30~PM5:30)
是非、見に行きたいと思っています。


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「読売新聞」掲載  昭和54年(1979年)12月4日の記事
さよなら芸大 ロマン派教授五人衆

67歳を迎えて一度に大物教授が芸大を去るのは明治22年開校
(東京美術学校)以来初めてのことだそうです


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