「世界らん展 日本大賞2014」 東京ドーム 2/15~2/23

2014.02.28.Fri
2014年2月28日

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1991年のチケツト

世界らん展の初の開催は1991年(平成3年)でしたから、今回は
なんと23年ぶりに出掛けたことになります。

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最終日のため人出も多く、カメラも思う位置でシャッターが切れない
状態でした。


2014年度受賞花

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日本大賞

丁寧に回ると半日はかかりそうなので、主に胡蝶蘭を見て来ました。

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ギガンテア(象耳蘭)

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「ギガンテア
」は巨大な、という意味で葉は最大級(50~60cm)
で花茎の長さは40cmにもなり、ボルネオ原産の希少種です。


胡蝶蘭の原種

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原種は小型から大型の種があり、色彩や花柄はバラエティーに富ん
でいます。目を引くのは、森の妖精のような愛らしい小型種でした。


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白胡蝶蘭の原種


人工交配

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市販の白胡蝶蘭は純白で花が大きく見事です。


現在の胡蝶蘭は、たくさんの原種の中から美しい原種を選んで交配し
さらに大きい花の原種と交配しながら進化させました。


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長年にわたって品種改良を重ね、店頭で見るような斑点や縞々など
珍しい色合いの胡蝶蘭が誕生しました。


青い胡蝶蘭

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昨年1月に発表された「青い胡蝶蘭」が世界らん展に初登場しました。

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青い胡蝶蘭は長い研究と試行錯誤の末に、遺伝子組み換えという手法で
誕生しました。露草から取り出した「青い花を咲かせる遺伝子」を桃紫色
の花の品種に導入して作られたそうです。


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マイガーデンの胡蝶蘭

頂いた胡蝶蘭が咲き終わると、1株ずつ素焼鉢に移植して育ててきました。

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翌年、再び咲いてくれた時は最高の喜びです。
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一時は10鉢以上ありましたが、管理が難しく現在は2鉢のみです。
今冬から思いきって、部屋に大きなビニール温室を置きました。
問題の温度と湿度が解決し、他の熱帯植物たちと共に元気に育って
います。  

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兎小屋がさらに狭くなったので、温室を外すまではお客様を迎えられ
ない状態になってしまいました。


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世界らん展の「青い胡蝶蘭」は衝撃的でした。
関係者の探究心と情熱、そして地道な努力には感動しました。

市場に出るには、遺伝子組換生物の安全性を審査するという
課題が残っています。

何時か店頭で目のする日を、心待ちしたいと思います。
   
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愛しのリンゴ

2014.02.15.Sat
2014年2月15日

3年前にフジと王林を接木したリンゴの木(5号鉢)を買い、翌年の初夏
に花が咲きました。人工授粉してようやく実が付いたものの黄金虫にかじ
られ、10号鉢に植え替えた昨年も同じ失敗を繰り返してしまいました。

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楽しみにしていただけに落胆しましたが、黄金虫を恨むより袋を掛ける
タイミングを逸した方が悪いのだと、ただただ反省するばかりです。
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             ♪♪♪

リンゴには、ある忘れられない思い出があります。

昭和20年代の昔の話になりますが、そのころ巷では「リンゴの唄」が
流行っていました。
当時上野に行ったとき母が幼い私に買ってくれたのが、憧れのリンゴ
でした。戦後と言ってもまだ配給制度がずっと続いていて、闇市でない
と手に入らない物があったようです。
露店で買ってもらった1個のリンゴこそ、記憶に残る最初の林檎でした。

赤くて丸くて甘い匂いのリンゴに頬ずりして、子猫のように抱きかかえ
ていました。
すると、何処からともなく大きな子どもたちが寄って来て「ちょうだい」
と手を伸ばして来たのです。幼児の私はビックリしてとられまいとリンゴ
を庇いました。

ずっと後になって知ったのですが、その子どもたちは上野に集まった
戦災孤児でした。戦争を知らない私にとっては、戦後の苛酷な状況を
知る唯一の記憶です。

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post card  いわさき ちひろ

いわさき ちひろ(1918~1974)は生涯にわたって、子どもの幸せと
平和を願って描き続けた絵本作家でした。
晩年にはベトナム戦争を描いた「戦火のなかの子どもたち」があります。
後記に、戦場にいかなくても戦火のなかでこどもたちがどうしているか、
どうなってしまうのかよくわかるのですー。とありました。

かつての上野の戦災孤児たちの情景がよみがえってきました。
ちひろが願った子どもの幸せと平和を守らなくてはと切に思います。

             ♪♪♪

我家のリンゴにもどりますが、黄金虫にかじられて気力をなくしていた
ところ、去年の11月に数輪の帰り花が咲きました。
気候の不順による狂い咲きでしたが、心優しいリンゴからのプレゼント
でした。

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(今年1月下旬に収穫したふじリンゴはサクランボサイズ)

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(市販のふじリンゴとの比較)
香りと歯ごたえはふじそのものですが甘味はありません。

三度目の正直で、今年こそ存在感のあるリンゴを手にしたいものです。

              

菊 あれこれ

2014.02.03.Mon
2014年2月3日

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この写真は5、60年前に父が丹精して育てた菊作りの一部です。
亡き父は若い頃から趣味の菊作りに専念していました。

毎年、大菊の三本仕立てを品評会に出すために、休日は庭仕事に
励んでいました。冬のこの時期は「新宿御苑」の落葉を熊手で集
めてリヤカーで運び、栽培用の腐葉土作りをしていました。
仲間とガリ版の同人誌を作り、机に向う父の鉄筆の音も思い出さ
れます。

庭は父が独占していたので、母と子は庭いじりを経験したことが
ありませんでした。その代わりなのでしょうか、ある日突然小屋
をつくり、小さなウサギを数匹買って来てくれたのでした。

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ところで話は変わり、マイガーデンの寒菊ですが、12月初め茎
ごとに粟粒大の花芽を沢山つけます。そのままでは小菊同然にな
るのでしばらくしてから花芽の三分の二は欠いています。
開花は12月末なので、お正月の切り花に間にあえばラッキーです。

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明日はいよいよ立春ですが、寒菊の名の通り、寒中は花ざかりで
この枯れた庭を潤してくれました。

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マイガーデンの秋の菊は、これまでほとんど手を加えませんでした。
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昨年はなぜか一念発起して、父の菊作りを真似てみました。
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大菊の三本仕立てに挑戦したものの、状況が多忙になって手が
回らず、途中で挫折してしまいました。
デタラメの菊作りなので一度は没にしたのですが、父恋の気持から
書いた次第です。
世間では父子のDNA鑑定が話題になっています。父と子の違和感
が発端だったようです。
親の血を引くと言いますが、私は母より父の血のほうが濃いのでは
ないかと思うこの頃です。

父がいて冬日の庭の羽音かな      コウコ