マダラチョウ科の仲間たち

2013.12.19.Thu
2013年12月19日

マダラチョウと言えば、渡り蝶のアサギマダラを想い浮かべますが
東京都内で見掛けるのは稀のようです。
マーキングされたアサギマダラが、台湾から約1,800㎞の滋賀県
に40日かけて飛来したという新聞記事を読んだことがありました。
国境を越えてくる渡り鳥なみのパワーには驚嘆させられます。

真っ青な空よりの使者渡り蝶     コウコ

アサギマダラには会えませんが、多摩動物公園の昆虫生態園では
マダラチョウ科の仲間であるリュウキュウアサギマダラとオオゴマダラ
を見ることが出来ました。

マダラチョウ科のチョウには雄がフェロモンを放出するという特徴が
あり、ヒトには嗅ぐことは出来ませんがどのような匂いなのでしょうか。

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リュウキュウアサギマダラ(琉球浅葱斑)

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[国内分布 ]  奄美大島以南
[ 食 草  ]  ガガイモ科のツルモウリンカなど
◆成虫は集団で冬を越します 。

 
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アサギマダラより一回り小さく(前翅の長さ45~50mm)翅の黒地
に水色の斑紋が多数あり、透明感のある淡い色彩が美しいです。

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オオゴマダラ(大胡麻班)

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[国内分布]    沖縄本島以南
[食 草]         キョウチクトウ科のホウライカガミ
◆日本最大級(前翅の長さ75mm内外)のチョウで、成虫で半年
以上生きるのもいるそうです。翅の白地に多数の黒紋があります。


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食草のホウライカガミの葉裏に、1個ずつ卵を産みに来ていました。


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オオゴマダラの育成室
温室内のチョウは卵から育成室で大切に育てられていました。
蛹は黄金色で金属光沢があります。


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白黒のまだら模様のおおきな翅で滑降し、ゆったりと優雅に舞います。

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蝶のレストラン

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大温室では亜熱帯の多くの種類のチョウが常に700匹(頭)
も飛び、ここに咲く花の蜜では 足りず、薄めたハチミツや
(ハチミツ10%のジュース)
果物などのメニューが揃えてありました。

大温室にはチョウが舞い、花の蜜を吸い、食草に卵を産むという営み
がみられ、亜熱帯の自然そのものでした。いつ来てもチョウたちに
会うことが出来ます。

天敵のいない楽園では、チョウの華麗な舞いを目の前で見ながら手で簡単
に捕まえられそうです。初めて見る夢の光景に呆然とするばかりでした。


                   ***


亜熱帯の楽園を出ると、下界は厳しい冬の季節です。


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春、夏、秋、やがて季節は冬を迎えても生き永らえるチョウがいました。

冬蝶の透けて漂ういのちかな     コウコ
凍蝶に息をかければ魔女のごと    コウコ








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「六義園」紅葉と大名庭園のライトアップ

2013.12.10.Tue
2013年12月10日

門をくぐると、そこはライトアップされた絵本の世界。
紅葉の時季、精霊たちが夜ごと祭りに興じていました。

<紅葉と大名庭園のライトアップ>の最終日(12/8)、わんさわんさ
と1万5千人が「六義園」(東京都文京区)に押し寄せました。

「今宵はライトアップしたファンタジーの世界に思い切り遊んで下さい。
私は秋をつかさどる女神の竜田姫です」
姿こそ見せませんが耳元で囁かれました。

「まずは、ここをご覧なってください」
園内は日没直後の森のたたずまいで、最初は竹林のライトアップでした。
いよいよ異次元の世界の幕開けです。

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竹取りの翁がひょっこりと現れそうです。

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手前の煌々と輝く竹は、かぐや姫を宿しているかのようです。

ライトアップされた大泉水の紅葉の島々は、水面に美しいシンメトリー
を描いていました。
「立ち止まらないでください!」美術館で耳にする連呼が聞こえて
きました。
竜田姫曰く「今宵は職員も、機械仕掛けのスピーカー男にされて
しまったようです」
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「立ち止まるなと言われてもねぇ~」
「流し撮りってこと?」kさんが笑いながらカメラを振ってみせました。
下手なカメラも数を撮れば当たるかもと、連続でシャカシャカシャカと
切りまくり、初心者でもなんとか数枚写すことが出来ました。

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おどろおどろしい枝ぶりの木が、にゅっ!と現れました。
今にも腕が伸びてきそうです。
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「木霊が宿っています」竜田姫がそう言うと、にわかに森の霊気を
感じました。

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紅葉と石灯篭

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黄金色の木々が漆黒の虚空を彩ります。
暗黒の宇宙の彼方にある星雲のようにも見えます。

                 ***

しばらく行くと前方に突然、青白いイルミネーションが出現しました。
息を吞むほどの美しい幻想の世界です。竜田姫の説明によると、
ここはむかし池があったところで、青い光を池に見立てて懐古して
いるとのことでした。
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超自然の精霊たちは目には見えませんが、水浴びや沐浴をしています。
清流にはスモークが這い、BGMは流れゆく水音を奏でていました。

                ***

絵本のページをめくるわくわく感を味わいながら、ファンタジーに
溢れる森を一周しました。
奇しくも、竜田姫や森の精霊たちの気配を感じることが出来て
夢のようでした。

「春はしだれ桜のライトアップをご用意いたします。春の女神の
佐保姫がご案内しますので是非お越し下さい」 竜田姫

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「六義園」の前に「小石川後楽園」に立ち寄りました。


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身の内の透けゆく紅葉明かりかな     コウコ



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晩年にして穏やかな日々石蕗の花     コウコ 

 
 
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                    六義園
 
 翼広げて落日の冬紅葉     コウコ

健司の青春

2013.12.02.Mon
2013年12月2日

「あいつは皆にペテン師だの、詐欺師だのと言われて・・・」
「自分じゃ、何かにつけてプロだとか」
「二十歳で糖尿病とは・・・」
「あれば何でも食っちゃう」
「だが憎めない奴だ」
夫のパブに2年余りいた健司をめぐっては、今だに話が絶えない。

 巨漢はゴリラ人形に似て、黒曜石の瞳がキラキラと愛らしい。緩慢に
して、総身に知恵が廻る。それも悪知恵の方が勝っている。
「あいつがニッコリすると危ない」とは我マスターの弁。
お金があるうちは寄りつかないが、底をつく頃ともなると、
「お元気ですか?」調子よく声のトーンも高め。翌日はちょこちょこ
マスターの前に現れる。
「ところでお話があるのですが」とうとう切り出してきた。
「断る」被せるようにマスターの一言。
「今日は特に愛情を込めて肩をお揉みします。親孝行させて下さい」
情に脆く、子の無いマスターの心情を汲んだ台詞がつづき、一挙に金
を借りる算段だ。断ると言いながら、思惑通りに嵌ってあげる一幕で
ある。

 健司は当店に来る前、高賃金の墓地の整備に携わっていた。境内の墓
を掘り起こし、土葬の骨を集めては荼毘に付す。ばらばらならともかく
整って出てくると度肝を抜かれた。髑髏洗いの仕上げは、布で丁寧に磨
き上げることだ。十代の彼は途中で嫌気がさしたが、その度に住職がや
ってきて声を掛けた。
「お若いのに御奇特なことです」
「みなされ、仏が喜んでおるわい」
健司は髑髏をうやうやしく掲げ、暫くにらめっこをした。すると本当に
笑っているかのように、見えてきたのだった。
 すっかり暗示にかかり、見事に現場を遣り遂げた健司。しかしながら
夜毎歓楽街に出掛けては、稼ぐそばから遣い果たした。酒と女と髑髏の
日々・・・仕事は遊びの手段に過ぎなかった。

 当店に来ても懐は火の車。借金の返済と遊ぶ金欲しさに、あの手この
手の凄まじさだ。サラ金から逃げるために、糖尿病を楯に入院すること
3回。その度に見舞金を集めた。更に同情を当て込み、自分で歌を吹き
込んだテープを、僕はプロだと言って売り捌くしたたかさ。そしていよ
いよピンチになると、高収入の鉄柱の穴掘りがあると言って、さっさと
退店。しかし雪の山岳地帯の作業は厳しく、ネオンも恋しくなり、早々
と逃げ帰って来た。そんな目茶目茶な彼に対して、周囲は寛大であった。

 その後スタッフは冗談まじりに「あいつには見舞金3度、餞別は2度
取られた」とぼやいた。2度目の退店後、共同出資で100円ショップ
を開店したものの、仲間に夜逃げをされて閉店。両親は一人息子のこと
を案じて、店に相談に見えたが本人は行方不明。

 ある日のこと、大手の下請けをしている当店の顧客A氏と、健司は偶
然に街で出逢った。あまりにも憔悴しきった姿を見て、事情を察したA
氏に拾われたのだった。会社では製品の梱包と発送を担当して、この2
年間真面目に働いている。

 恒例のクリスマス・イブには、生バンドを入れてきたが、この不況時
に採算がとれるか危ぶまれた。赤字覚悟ではあったが、スタッフが一段
と結束したのは何よりだった。
 当日はOBの面々も応援に駆けつけた。中でも佐々木さんは毎年Nホテ
ルの厨房を空けて助太刀に来る。健司の親友伸二は当店のアルバイトの
学生で企業に就職したが、必ず助っ人で顔を出す。彼は恩義があるから
と言って謝礼を受け取らない。気掛かりな健司がひょっこり現れるのも
クリスマス・イブで、彼は25歳になっていた。
 パーティーには紺系のストライプのスーツに、黒のエナメルの靴で登
場した。ルンバ、チャチャチャ、ジルバのラテンのノリは抜群だ。巨漢
を支えながらのステップとリズム感は、デモンストレーションをみるか
のようで誰しもが感嘆した。これも遊びの賜物であった。

 数年越しになっていた健司の借金は、返済も残り僅かになった。そこ
でこの際一度に支払うように促すと、
「支払いが終わったらマスターに逢えなくなりますから、少しづつ、ゆ
っくりと返済します」ほろりと迷文句を吐いた。

 2001年1月20日。健司が糖尿病で入院との連絡が入る。
「また見舞金をとられるな・・・」マスターが呟いた。


               ***



「健司の青春」は2001年に、雑誌に投稿したエッセイです。
大掃除を始めたらひょっこり出てきました。パブ(1988年~
2004年)は「健司の青春」を書いた3年後に閉店しました。