第67回 「靖国神社 みたままつり」 (7/13~7/16)

2013.07.22.Mon
2013年7月22日

靖国神社の祭事に盛大な「みたままつり」があることを知ったのは
実は初めてでした。
各地の年中行事の情報はテレビの映像で知ることが多いのですが、
何故か「みたままつり」の放映を目にしたことはありませんでした。
さいわい今回は友人からの情報があり参拝することが出来ました。

光りの祭典

DSC_2421 (640x427) 
DSC_2394 (640x427) DSC_2397 (640x427)
「みあかし」の「光の祭典」とあって、双壁をなす大小3万の献灯と
懸けぼんぼりの光が境内を包んでいました。

第二次世界大戦で命を捧げた343万6千余柱の英霊を慰める祭事として
昭和22年(1947年)に始まり、毎年30万人の参拝があるそうです。

DSC_2424 (640x427) DSC_2408 (640x427)
神門に掛けられた七夕飾りの下で振り向くと、巨大なサーチライトが地上と
天空を結び、参拝者は歓声をあげながら幻想的な光りの交叉に携帯を掲げ
ていました。

                ***

盆踊り

DSC_2360 (640x638)
櫓では地元千代田区民謡連盟の盆踊りがあり、若い人も見よう見まねで
踊りに参加していました。都内で一番早い盆踊りだそうです。
旧盆は満月ですが、新暦のお盆なので上弦の月がかかっていました。

                ***

露店
境内には約200店が出ているそうです。

DSC_2342 (640x618) DSC_2345 (640x637) 
DSC_2332 (639x640) DSC_2347 (640x574)
飴細工といえば昭和の頃は縁日の定番でしたが、近年は見掛けなく
なりました。それだけに日本の優れた伝統芸の継承を願って止みません。
十二支、動物、昆虫、野鳥の中から注文を受け、ハサミで切りながら
造形してゆく熟練の腕前には感嘆しました。
「貴婦人と一角獣展」のユニコーン(一角獣)もメニューにあり、
流行を採り入れた飴細工には大人も子供も身を乗り出して興味津々です。

あの頃の子どもが今も夜店の灯     コウコ


DSC_2388 (640x626) DSC_2352 (640x632)
DSC_2498 (640x428)
旬の鮎の塩焼き、奥三河で食べた五平餅、ほくほくのじゃがバター
懐かしい匂いが食欲をあおります。
カメラを向けるとVサインで応えてくれました。


DSC_2525 (640x411) DSC_2684 (640x507)
DSC_2490 (640x427) DSC_2509 (640x407)
友だち同士やカップルが束の間の縁日を楽しんでいました。
昭和の記憶を呼び戻す懐かしい光景です。

                ***

「見世物小屋」と「おばけやしき」

子どもの頃の縁日の想い出は、非日常だけに鮮明に覚えています。
見世物小屋とお化け屋敷は怖くて避けていました。
看板を見ながら通ると自然に想像力が湧き、それだけで充分でした。

見世物小屋はかつて300軒もあったそうです。
「お代は見てからで結構」と、お馴染みの懐かしい口上で始まりました。
全国で最後に残るたった1軒の小屋であり、祭りの最終日の最後のショー
が今から始まるとあっては、自ずと足が止まります。
この流暢な呼び込みで客がつぎつぎに吸い込まれ、私もその1人でした。

DSC_2544 (640x422) 
DSC_2587 (640x605) DSC_2627 (605x640)
中でも度肝を抜かれた場面は「火を吹く女」と「蛇女」でした。 



DSC_2679 (640x440) DSC_2682 (640x414)
境内の消灯数分前に、辛うじてお化け屋敷を撮ることができました。

                ***

懸けぼんぼり

各界の名士の揮毫による懸けぼんぼりの奉納

DSC_2437 (640x378) 
 小野田寛郎  
 戦後29年にしてフィイリッピン
 ルバング島から帰還



DSC_2439 (640x397) DSC_2442 (640x379)
井沢満 (脚本家)      浅香光代 (女優)


DSC_2467 (640x366) DSC_2463 (640x361) 
鈴木基水 (書家)      岸田哲弥 (江戸風鈴絵師) 
 

DSC_2455 (640x377)
石川巳津子 (湯沢七夕絵灯篭絵師)


DSC_2460 (640x384)
三浦吞龍 (弘前ねぶた絵師・津軽錦絵師)


DSC_2450 (640x373)
つのだ☆ひろ (音楽家) ジャズドラムの演奏と歌を奉納

                ***

今月の遺書
靖国神社の拝殿の社頭には、英霊の遺書をかかげた掲示板があります。

DSC_2729 (640x425)

皇后の御歌  (平成十七年)

いまはとて島果ての崖踏みけりしをみなの足裏思へばかなし

「おみなの足裏(あうら)思へばかなし」の万感の表現には、歌人として
の美智子皇后の繊細なお人柄が想われて心を打たれました。



遺書

直なる道を歩め 中元 清 命 (昭和十九年四月二十九日)

私の父も中元氏と同じ衛生兵でした。
太平洋戦争末期に再召集されましたが、軍需工場に勤務していたので
即日帰還となりました。
ご遺書を拝読しますと、年齢も父と同じくらいですのでご遺族のこと
を想うと涙が止まりません。 
ご遺族のその後のご苦労と人生を想うと、戦争は絶対にしてはならない
のです。

明治天皇が命名された「靖国」の社号は「国を靖(安)んずる」意味で
「靖国神社」には祖国を平安にする、平和な国家を建設するという
願いが込められているとのことです。

「みたままつり」は慰霊祭であると同時に、戦争の悲惨さを語り継ぎ
平和への願いを込めた大切な祭事なのでした。


スポンサーサイト

あの時のヒキガエル

2013.07.03.Wed
2013年7月3日

毎朝ヒキガエルの巣穴を覗くことから一日が始まります。
うちのヒキガエルが冬眠から覚めたのは3月1日でした。
その日から巣穴を空けて、すでに4ヵ月にもなります。

               ***

留守中の5月下旬に、去年の夏の居候が2匹訪ねて来ました。

DSC_1388 (618x640) DSC_1379 (640x628)

うちのヒキガエルは8年間ひとり暮らしでしたが、この2匹が初めて
去年遊びに来たのでした。
2匹を招き入れたのは、うちのが世代交代を考えていたからではないか
と想うようになりました。
私たちに淋しい思いをさせないようにとの、心づかいかもしれません。

日が経つにつれて帰らない公算が強まり、諦めが色濃くなりました。

               ***


DSC_1448 (640x621) 
 そんな折、なんと7月に入り
 もう1匹増えたのです。

 一回り大きい3番目は
 去年の夏、 学童が持ち込んだ
 ヒキガエルでした。

  

学童が大事そうに掌に包んで持って来たヒキガエルは
道端でぐったりしていたので拾い上げたそうです。
その場に居合わせた学童の3人は、おじさんの所のヒキガエル
かもしれないと思って届けてくれたのでした。

実際は違いましたが彼らの行いを誉め、預かることにしました。
ヒキガエルの傷口は赤く染まり、人の外傷とそっくりです。
1cm四方の傷は体が小さいだけにダメージが大きく
見るからに痛そうです。
「近くに動物病院があったら・・犬猫病院でも大丈夫かも・・・」
「傷口に抗生物質の軟膏をつけたら・・・」
などと思い巡らしたのですが、野生なので自然治癒力に任せました。

庭の隅にそっと下ろしたものの、歩けず餌も口にしません。
翌朝見に行くと、体を引き摺って10cmほど移動していました。
外傷だけでなく骨折もしているようでした。

その後うずくまっている様子を何度か見掛けたので、幸いに
命だけは助かったようです。 

               ***


一回り大きい3番目が、去年の負傷のヒキガエルであることは
後遺症の様子を観て一目瞭然でした。
あの時は餌を拒否しつづけたのに、仲間に入った途端
2匹に見習って餌に反応したのでした。

DSC_1457 (640x357)
食事の気配を感じて、3番目のヒキガエルがプラスチックの
仮設の巣穴から出て来ました。
奥に引き籠りがちの気の小さな仲間を相棒が誘い出しています。



DSC_1472 (640x343)
3匹は輪になって餌が置かれるのを今か今かと待ちます。



DSC_1481 (640x340)
いよいよ彼らの前にミミズが現れると、身を乗り出してきました。
ヒキガエルは動いているものしか口にしません。
ミミズは死んだ振りをしていますが、3匹は目を据えています。
カルタ取りの緊迫感で身構え、動いたらキャッチです。
敏速に獲得したのは、3番目の新参ものでした。
ルールがあるか否かは知りませんが、お手付きした餌を横から奪う
ことは決してありません。



DSC_1562 (640x350)
餌を獲得できなかった2匹は、貌を見合わせています。



DSC_1574 (640x342)
餌が貰えると言っても野生の習性なのか、表情は真剣そのものです。

結局この日も平等に、ミミズを2匹づつ提供しました。

               ***


DSC_1580 (635x640) 
 体が小さくて、気も小さい子が
 このところ急に大きくなりました。

 なんと餌のバケツの蓋をずらして
 入り込んでいました。
 

無論好きなようにさせていますが、この子だけがよくミミズの在りか
に気付いたものだと感心しました。
ヒキガエルにも個体差があって面白いです。

うちのヒキガエルが彼らと一緒にいたら・・・と想ってしまいます。

               ***

夫は「扶養家族が増えて大変だけど、子どもが腹を空かしているんじゃ
仕方ない」と言い、少年の顔をしてミミズ捕りに出かけて行きました。



    麦藁帽少年の汝が牛をひく     コウコ