岡崎利雄先生著作 「パステル画の技法」

2013.01.27.Sun
2013年1月27日

一輪の冬ばら咲きぬ詩のごとく     コウコ


「パステル画の技法」の第1版は昭和56年(1981年)でした。
岡崎利雄先生は鬼籍に入られましたが、著書は今もインターネット
で購入することが出来ます。

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出版記念パーティーは銀座2丁目のレストラン「オリンピック」の
2階で開催され、関係者や嘗ての教え子たちが遠方から駆け付
けました。
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雪の永平寺 鳥の子紙 堂の金色の紋と太い杉の木立との
コントラストは印象的であった。
黒色を中心にした塗りこみで表現   「パステル画の技法」より


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三陸海岸船越港 和紙 下塗りは余りしていない。
軽いタッチで海面を描く。  「パステル画の技法」より


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甲斐路 和紙 山形県から見た富士を右に配し、
走る雲の投影の面白さを表わしたかった。「パステル画の技法」より


来賓のご挨拶では、
出版社の雄山閣の編集長が「パステル画の技法もさることながら、
この本は絵の心を説き、この種の出版物では傑作の出来栄え」と
賞讃されました。

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パンジー タッチ紙 主題は左側の黄色いパンジー。光を底辺に集め、
右の白っぽいパンジーは黄茶系で処理、他は暗紫色のハーモニーとする。
「パステル画の技法」より


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山百合 タッチ紙 壺を直截的に描くことにより山百合の可憐さと軽快な
リズム感が表れるようにした。壺は6対4の割で黒色を使った。
「パステル画の技法」より


岡崎先生主宰の「サロン・ド・パステル」の展覧会は毎年銀座4丁目
の「ゆふきや画廊」で開催しました。
画廊のご主人は銀座に住まわれて60年になり、結城紬の店を画廊
に解放されたそうです。絵のことは全く分からないので、理解し難い
展覧会はお断りして具象画専門の画廊に決めたそうです。
誰にでもお貸しするのではなく、人柄をご覧になられるとか。
「ゆふきや画廊」に行けば、絵や書に出会い爽やかな気分になれる
と感じて貰らえたら、と仰いました。


岡崎利雄先生の年賀状には毎年、雪景色の絵が添えられていました。
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嘗ての教え子たちや、パステル画を続けている方々にとって
はクラス会のようでした。
岡崎先生には、皆の結婚式にお越し頂いております。
絵の他にも、先生のお人柄に接して多くのことを学ばせて頂きました。


              ***

パーティー会場の「オリンピック」は、現在「ティファニー銀座本店」
に様変わりし、「ゆふきや画廊」も見当たりません。
出版記念パーティーから、32年が経っていました。

パステル画を楽しんだのは20代で、社会に出て初めての趣味でした。
日常や職場の他に、おもしろい世界があることを知りました。

むかし描いたパステル画が残っていました。
引っ越しの際、トイレの壁から壁へと自動的に移動した1枚です。

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              ***

岡崎利雄(おかざきとしお)
大正3年 東京赤坂に生る。
黒田清輝を生んだ赤坂小学校を経て、慶応義塾大学に学ぶ。
新興、行動、両研究所で日本画、洋画基礎を修む。光風会、
新構造社展に連続出品。会員、審査員を経験す。西武、京
王百貨店の美術講座、高校講師を経る。
日本美術家連盟会員
現代パステル作家協会会員
サロン・ド・パステル及びパステルアカデミーを主宰。


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日本パステル画会と矢崎千代二画伯・高田正二郎先生

2013.01.15.Tue
2013年1月15日

美と出会うこの道をわが恵方とす     コウコ
        (えほう その年の年徳神のいる方角)

ルドンのパステルの複製画を買った後、偶然にも伊勢丹で開催中の
「日本パステル画会展」に出会い、心を動かされて入会しました。

日本パステル画会のHPを見ましたら今年で創設85年ですから、
私が入会したのは、創設40年頃になります。

当時、日本パステル画会の月例会はお茶の水のアトリエで行われ、
石膏デッサン、クロッキー、静物画、人物画等を描きました。

築地直送の新鮮な魚類や、季節の切り花等の静物。
裸婦は清純な乙女(学生アルバイト)や豊満な熟女でした。
バレエ「白鳥の湖」の衣装でプリマが登場した時は、見とれて
手が動きませんでした。隣の方が「バレリーナはレッスンで
汗をかくから、肌に透明感があるのでしょう。高田会長の奥様は
バレリーナだったらしいですよ」と教えて下さいました。

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その高田正二郎先生(東京芸大教授 デザイナー 洋画家 光風会会員)
一作品を私が頂戴することになったのです。

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入会後初めて出席した新年会で、高田先生の作品を幸運にも抽選で
賜ったのでした。
この作品は3個しかなく、奥様とお嬢様がお持ちとのことです。
青春時代から数十年間ハレの場で胸に飾らせて頂き、
宝物であると共に、先生の尊い遺作となりました。

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高田先生は何代目の会長になるのでしょうか。暫くして、
初代の会長は日本に初めてパステル画を紹介し、
日本パステル画会の創設者である矢崎千代二画伯(1872-1947
黒田清輝に師事 東京美術学校卒業 現東京芸大)と聞きました。

その矢崎画伯の作品(お借りしたパステル画)が、なんと我家
にあったではありませんか。

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むかし父の知人から油絵の個展の招待状が届き、伺いました。
個展の主は父と同じ世代の女性で、
詩人北川冬彦氏(1900-1990)の妹さんでした。

先日、図書館で詩人のことを調べたところ、「日本の詩歌」25
(中央公論発行)の巻末に<詩人の肖像と年譜>があり、
いろいろと推測することが出来ました。

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詩人の家は、お父様が鉄道(戦後は満鉄社員)の仕事で渡満しました。
写真は昭和15年のもので、私の父も数年間満州にいました。
妹さんと父には、同じ満州と云うことでよしみがあったのでは
ないでしょうか。個展の後、娘がパステル画を学んでいるとお話した
ら、矢崎画伯のパステル画をお貸し下さったのでした。

矢崎画伯のパステル画は、満州にある門と其処を行き交う人々が
鳥瞰で描かれていました。
画伯はヨーロッパやアジア各地を巡り、満州にも立ち寄られています。
そして、旅先の北京で客死されたのでした。(享年75歳)
画伯は旅をしながら制作を続けたので、絵は満州で買われて帰国時
に持ち帰られたのではないかと想像しました。
作品は名のある門でしたが、残念ながら思い出せません。
絵は数年間お預かりして、お返し致しました。

              ***

日本パステル画会の会員は当時プロやセミプロの集団でしたので
私は数年で退会し、月例会にお見えになられていた岡崎利雄先生
主宰の「サロン・ド・パステル」で学ぶことにしました。

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月例会でご一緒だった木下昇先生はNHK文化センターの
パステル画の講師に、森田先生は三越文化センターの講師
になられました。
70年代から80年代にかけて、カルチャーセンターは方々に
オープンしました。日本パステル画会の先生方が講師の先駆け
になられたのだと思います。

「第89回日本パステル画会展」の開催が楽しみです。
東京都美術館 平成25年4月8日~4月16日 AM9:30~PM5:30)
是非、見に行きたいと思っています。


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「読売新聞」掲載  昭和54年(1979年)12月4日の記事
さよなら芸大 ロマン派教授五人衆

67歳を迎えて一度に大物教授が芸大を去るのは明治22年開校
(東京美術学校)以来初めてのことだそうです


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ルドンのパステル画

2013.01.03.Thu
2013年1月3日

青春の空でありけり大旦     コウコ
         (おおあした 1月1日の朝)

むかし、デパートで複製画の展示即売会があり、覗いてみました。
ルドンの「青い花瓶のアネモネとリラ」の絵の前に来ると、
何故か惹きつけられて買ってしまったのでした。

ルドン 青い花瓶の
  ルドン 「青い花瓶のアネモネとリラ」

幼友達のKちゃんが我家に遊びに来て、
ルドンの絵を見るなり、
「この絵にはリズムがあるわ」と言う、音大生らしい視点
には感心しました。

日本で本格的なオディロン・ルドン展が開催されたのは、
その10年後のことでした。(1973年 神奈川県立近代美術館)

このお正月に「オディロン・ルドン展」の分厚いカタログを
書棚の奥から取り出し、再読しました。

巻末に著名な画家等と版画家の讃辞があり、なかでも
岡鹿之助の「ルドンの色」に驚嘆しました。
この文章は1955年「みづゑ」595号に掲載され、
ルドン展のカタログに転載されたものでした。

           ***

 「幼いころから好きな音楽とは、年を重ねるにつれて、
 いよいよ深く接触し、グレゴリアン・チャントやバッハや
 ベートーヴェンの古典だけではなく、ルドンと時代をともに
 するドビュッシイやラヴェルの多彩なオーケストレーション
 にも驚きの耳を傾けたのである。音楽によって誘い出される
 幻想は、シンホニックなものであればあるほど、多彩な色を
 彼に喚びおこしたにちがいない。自称したPeintre
  musicienという言葉もPeintre symphoniqurと
 呼ばれた言葉もこの頃になって、生きてくるように思う」

           ***

Kちゃんの「この絵にはリズムがある」の言葉が、はたと
蘇ったのでした。彼女に会ったら岡鹿之助の文章を告げたい
のですが、音信不通になってしまいました。

ピアニストになったであろうKちゃんが、後半生、絵の個展を
開いたと風の便りに聞いたのでした。

私はパステル画を齧っただけで、青春を送りましたが、
「この絵にはリズムがある」の感性に、すでに
Kちゃんの絵の原点があったように思えてなりません。